恋が始まる瞬間

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「そろそろ帰るとするか」 ヨンウォン皇子がそう言いながらゆるやかに立ち上がった。 あーと大きく両腕を上げ、気持ちよさそうに身体を伸ばしている。 私もゆっくりと立ち上がりながら、皇子の方を向いて恐る恐る口を開いた。 「皇子様、私の言ったこと信じてくれるのですか?」 「信じるも何も、実桜が私に偽りを言う理由でもあるのか?」 「いいえ。そんなの何もないです」 私は皇子の顔を見ながら小さく首を振る。 すると皇子は「なら何も問題ない」と言ってニッコリと微笑み、登ってきた斜面を下って馬を繋いでいる方へ向かって歩き始めた。 (私の言ったこと信じてくれたんだ…) 私はほっとしながら、そのまま皇子の後について歩き始めた。 ふと空を見上げると、先ほどまで晴れて澄んでいた青空が段々と重苦しい灰色へと変わり始めている。 (早く帰らないと雨が降り始めるかも) そう思った私は前を歩いている皇子に呼びかけた。 「皇子様、なんかもうすぐ雨が降りそうな感じです。急がないと雨が降っちゃうかも」 私の声を聞いた皇子が空を見上げた。 すると。 ポツ、ポツ、ポツ…。 着物にひとつふたつと水滴が落ち始めてきた。 「あっ、やっぱり雨が降ってきた。さっき入道雲が出てたからかも」 手のひらを上に向け、空を見ながら呟く。 「入道雲? 雷がくる夏雲のことか?」 ヨンウォン皇子がそう私に尋ねたかと思うと、瞬く間に多くの雨粒が落ち始めた。 「実桜、少しあそこの岩穴で雨をしのぐぞ」 そう言って皇子は私の方へ近づいてきて、サッと手首を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せた。 そして抱きしめるように私を自分の腕の中へと包み込む。 (えっ?) 突然皇子に抱きしめられた私は、驚いて目を見開いたまま身体が固まってしまう。 再び心臓がドキンと大きく跳ね上がった。 「悪いが少し速足で行くぞ」 皇子はそう言うとそのまま右腕を上げ、自分の衣装で私を優しく包み込み、濡れないように気遣ってくれながら岩穴の方へと速足で向かっていった。
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