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地図アプリ
自宅はもうそこだった。後一つか二つ、角を曲がれば三階建てのアパートが見える。
彼は歩きながら、スマフォを取り出した。地図アプリを起動する。道を知りたいからでは、もちろんない。この辺りの入り組んだ路地を解きほぐしたかった。古い土地の常で、辺りの街路は複雑だった。越してきて一年になるのに、入ったこともない狭い路地が無数にある。
今日、見知らぬ土地を、彼は訪れた。仕事だった。車窓からは何度も眺めていて、いつの間にか、知ったつもりになっていた駅と土地だった。けれど、降りてみると勝手が違った。地図で見たときは単純に見えた、駅前から延びる道は嘘のように複雑だった。GPSと組み合わせた地図アプリがなければ、確実に迷っていたと思う。
自宅周りの入り組んだ路地を歩いているとき、そのアプリことを、ふと思い出した。気が付けば、スマフォに自宅周辺の地図が示されていた。
彼は首を傾げた。アプリの地図に現在位置を示す光点が、映っていなかった。
首を傾げたまま、最後の角を曲がった。アパートの壁が目に入る。彼は画面を拡大した。通りに並ぶブロックの一つ一つに名称が現れた。彼のアパートの名前もあった。けれど、通りに何も見えなかった。
アプリの不具合だろうか、それとも、使い方を間違って、変な機能を起こしてしまったか?
歩きながら、彼は考える。もしかしたら、ここは彼の住む部屋のある、いつもの街じゃないのか? よくできた偽物の街に俺は迷い込んだのか?
ばかばかしさに彼が苦笑したとき、前を歩いていた女が立ち止まった。振り向いて、彼女は言った。
「そうだよ」
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