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「どうかされましたか?」
伊武に声を掛ける。それで朝の回診時と部屋の中が変わっていることに気づいた。ベッドの周囲に色とりどりの花が飾られ、クマや猫のぬいぐるみまで置いてある。ひょうたん型のケースはバイオリンか何かだろうか。周囲に甘い匂いが広がり、生花に囲まれた男はもはや天国にいる様相だ。これが自分なら死んだんじゃないかと思うほどだ。
「田中と松岡、悪いが席を外してくれるか?」
伊武が低い声でそう言うと子分の二人はすぐに部屋を出た。広い特別室で二人きりになる。他の医師もいた回診時と違い、なんだか気まずい。
「先生が助けてくれたんだな。礼を言う。ありがとう」
伊武は畏まった様子で頭を下げた。
「それが仕事なので。あの、どうかされましたか? 痛みが酷いなら痛み止めの量を調節しますよ」
「先生……」
男にじっと見つめられる。なんの含みもない真っ直ぐな視線とぶつかる。ヤクザのくせにそんな素直な顔をするんだなと思った。
「先生は可愛いな」
「は?」
「本当に可愛い……」
「え?」
「いや――」
男は口元に手を当てるとコホンと咳払いをした。
「先生に一つお願いがある」
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