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私は、自分の中に淀んでいる輪郭のままならないなにかを発散するため、洋平を部屋に呼んで、前みたいにセックスをしてみた。いつもと同じ手順で、理に適った体温の交付をして、すべてを理解し合っているような段取りで行った。
それに対して、私はやたらに無機質なものを感じた。洋平が私の上に乗る行為は、駅のホームで電車が出入りするくらい、単純で日常にあふれたものに思えた。私は触れれば触れるだけ増えるべき熱を、どこかで逃してしまっていたことに気づく。古いマニュアルに魂がすっかり冷えてしまい、私は当然のように、沸点を超えた炎のともしびに焦がれた。
「今日は、キズナが来るから」
私は腕を背中に回し、下着のホックを付け直しながらそう言った。黒いトレーナーをかぶる洋平から、ああ、うん。と、気の抜けた答えがかえってきて、私は、彼もまた魂が凍えているのではないかと勘ぐった。
服を着た洋平はティッシュを二枚取って鼻をかみ、それをゴミ箱になげいれて、私に尋ねる。
「ミズキ、大丈夫なのか?」
「なにが」
「俺、結構心配なんだ。いまのセックスだって、なんかいつもと違うし。タクミもおかしいって言ってた。ミズキ、あの女に絡まれるようになってから、変だぞ」
「変って、なにが変なの」
私の単調な返事が気に食わないのか、洋平は妙に慎重に目を細めた。
「わからないのか? お前、女友達に依存するような人間じゃなかっただろう。あんなにべったりだった俺からも離れていって。」
「依存なんかしてないし。なんで私が責められなきゃいけないの?」
「あー、もういい」
洋平は突然、声音に苛立ちを乗せた。
「俺はもう見てられない。今日はやっぱり泊まる。ミズキ、あいつと縁を切れ。もうこの部屋にいれるな」
洋平の犬を躾けるような口調に、私は怯えた。
「でも今日、キズナが来るんだよ……嫌、やだよそんなの。私はキズナに会いたい。」
「いい加減にしろよ」
洋平は正面から、愚図る私の肩を両手で掴んだ。男性の力がはいっていて、痛い。私は、暴力的な彼が目の前に現れたことが信じられなかった。私は洋平の顔をまじめに見上げた。そういえば、洋平の薄い眉毛とか、角が立つ瞳の形とか、久しぶりに見た気がする。さざ波のようなセピア色が、彼の顔面の端々を這って動くので、私の海馬が震える。
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