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この日を境に、私は洋平に対して、向井キズナのことを隠すようになった。
洋平のバイトのシフトを事細かに聞き出して、彼がとつぜん私の部屋まで来ない時間帯を選び、キズナを部屋に呼ぶようにした。キズナにもわけを話して、学校での行動は全て以前のように洋平と過ごすことに決めた。
「洋平くん、彼女の交友関係まで束縛するんだね。はやく別れちゃえばいいのに。」
「そうだね。でも、急に別れたら、なにされるか分からないし。ごめんね、ちょっと待っていてね」
「うん。わかった」
キズナは物わかりがよく、素直で、非力で、かわいかった。
私は、友達のいないひとりぼっちのキズナを視界の端に入れながらも、洋平の隣でコンビニの弁当を食べた。洋平のノートにテストに出る重要な部分を書き足し続け、トイレには一人で行った。
私はしばらく、洋平に肩をつかまれた痛みとその恐怖が抜けなかった。今までやさしかった彼の、見たことのない表情を引き出させてしまった罪悪感が、ずっと私の背中を見つめていた。私はその視線が気になってしまい、以前のような愛着がなくとも、彼の隣から離れられなかった。
洋平はときどき、彼氏彼女の体面を保つための義務のように、私の部屋に来ようとした。それがタイミング悪く、私がキズナを部屋に呼ぼうとしているときだったりする。そういうときは、洋平に急用ができたと嘘をつき、私たちは決まってホテルに向かった。部屋にはいると、漂白剤のにおいがする薄いシーツにくるまって、延々とセックスの真似事をする、ただひたすら長い夜をすごした。
「教会で結婚式を挙げるのって、普通は、夢なんだろうけど。私には似合わない気がして、結婚式に夢を持ってないんだよね」
キズナはホテルのテレビ番組を見ながら、そんなことを言った。画面の中では、独身の男女が、まるで神様のように理想や条件を突きつけ合っている。
「必ずしも、男のひととやらなくちゃいけないなんておかしいよね。あーあ、海外に行こうかな」
彼女の太ももを指でなぞりながら、私はキズナをこの手から逃したくない一心でこう言った。
「そのときは、私も行くよ」
「ほんとう? 冗談でも、うれしいな」
キズナが笑うと、私はすべてが正しい気がして、安心した。だから一晩中、私はキズナの肌に触れ続けた。
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