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向井キズナに関わると、無傷ではいられない。
「なにそれ?」
私は洋平に尋ねた。
「タクミが向井と別れてヘコんでたから、こないだ飲みに行ったって言ったじゃん。そしたらあいつ、かなり深手を負っててさ」
洋平はスマホの画面を片手でいじりながら、口角をあげて笑う。私は隣で洋平のスマホゲームの画面を覗き込みながら、くまのかたちのグミを一粒口に放り込んだ。同時に、授業が始まるチャイムが鳴る。
白くて広くて清潔な、新しい校舎の教室。人が多くて、ざわついている。
「先生きたよ」
私は洋平にゲームをやめるように促した。しかし、洋平は教科書の上にスマホをべたりと貼り付けるように置くと、シャーペンでノートにメモを取るフリをしながら、そのまま人差し指でゲームをすすめはじめた。私はいつも授業中に隠れてゲームをしている洋平の横顔が、姑息なやつに見えてしまい、それがたまらなく情けなくて嫌いだった。
私は先生の立つ正面に顔を向ける。ちゃんと教科書を開いて、ちゃんとノートを取る。私はそういう人間だった。洋平が、小テストやTOEICの日程を聞き逃しているから、私が代わりに彼のノートのすみに書き込んだ。マイペースな洋平は、二人の間に置いてある私のグミをふたつつまんで食べる。
授業が30分進んだ頃、向井キズナが現れた。
向井キズナは私と洋平と同じ英語学科の女の子だ。背が低くて、茶髪のショートカットがよく似合っている。近くで見ると、けっこう肉付きがいい。もちろん、胸も大きい。柄が少ない服を好み、色味も目立たない。でも必ず足は出す。
彼女はしょっちゅう遅刻を繰り返す。彼女が授業に遅れて入ってくるときは、わざわざ一番教室が注目する正面のドアから入ってくる。そのせわしない足音と、彼女の手荷物が通路にぶつかる衝撃に、教室のバランスが崩れる。洋平が言うには、まだ二年生だというのにも関わらず、単位が少なくて進級があやしいらしい。
そんな向井キズナは、ゲームに夢中な洋平を見て、私たちの近くが先生からの死角と判断したのか、私の隣の席にどさりと白いブランドのバッグを置いて、先生の話を真剣に聞いている私にこう言った。
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