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キズナが私の家に来るのは、決まってバイト帰りの、夜の十二時を回った頃だった。私はすでにバイトから帰ってきて、明日のために眠る準備をしている時間。もしくは、布団に入って携帯をながめつつ、うとうとしているときでもある。友達が遊びに来るようなタイミングではないのだけれど、私はキズナを追い返したりはしなかった。
あの日初めてキズナが私の部屋に泊まっていったとき、彼女は枕に頭を乗せて、店から帰った後の一人の夜が怖いという話をした。
私は彼女と同じ布団にくるまりながら、一人暮らしの不安を彼女に寄せて、いつでも家に来てもいいと口にした。キズナは少し困ったように、頷いていたと思う。私はそのようすに、何かを満足した。彼女を抱擁することに意義があるように思えて仕方がなかった。
私は向井キズナに気を許し始めていた。向井キズナは愛嬌があって、すこしドジで、不思議と守りたくなるような魅力をもつひとだった。
ときどき、洋平も私の部屋に来て、部屋に三人で過ごすこともあった。私たちが付き合っていることを気にして、キズナはしきりに自分が邪魔ではないかと心配していたけれど、洋平は変わらず携帯ゲームばかりに夢中なので、私からしてみればそのことはちっとも問題はなかった。
キズナが、洋平が置いていっている男物のカミソリと気づかずに、それを使って脚のムダ毛処理をしてしまったときには、洋平は固まっていたけど、私は大笑いした。
ドジな部分がある反面、気の利くところもたくさんあった。ひとの話に耳を傾け、観察をするのが得意なのだと思う。私が好きだと言っていたコンビニのシュークリームを買ってきたり、洋平の吸っているタバコの銘柄を覚えていたりした。
キズナはなぜかすこしの段差でもつまずく。それは歩道と車道の変わり目だったり、校舎の階段だったりする。キズナはその度に私の腕にしがみつき、私も思わぬところで身体のバランスを失う。でも、不思議と悪い感じはしなかった。
キズナには一人じゃ生きていけない弱々しさがあった。誰かがちゃんと見ていないとダメなのだ。その役目をまっとうする人間がいれば、きっとキズナは安心して暮らせるだろう。私はそう思った。
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