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ただ正直、向井キズナの切り傷を見たときは、ゾッとしてしまった。
その白い腕に転がっている自傷のあとは、よく耳にする猫の爪で引っ掻いたようなものではなくて、黒い縫合糸でバッテンに縫われた切り傷だった。まるで、強大な力を持つ魔女が先祖によって封印されているかのような禍々しさを持っていた。
「ごめんね、引いた?」
キズナは私に腕を見せてもなお、屈託無く笑っていた。
「どうして、こういうことをするの?」
私はキズナを責めるように言った。
「なんでだろう。自分の血を見ていたり、切るときの痛みかあると、生きているって感じがする」
私は、キズナに悪びれたようすがちっともないので、顔がひきつった。
「やめなよ。せっかく、綺麗な腕なのにさ。恥ずかしくないの?」
すると、キズナは上目遣いで、ねだるように拒んだ。
「でも私、これに依存しているから」
誰かに求められたい。認められたい。救われたい。そんな欲求が、傷口からささやいて、こちらをじいっと見ていた。
私は思わずキズナを胸の中に入れて、背中をゆっくりたたいてみた。私は魔女に呪われた彼女を不憫に思った。キズナは深い深呼吸を何度も私の肩で繰り返していた。
やがて冬が深まると、洋平は私の部屋に寄り付かなくなった。
キズナがいると、私と二人で布団を使ってしまうので、一人床で眠るには身体が凍えてしまうからだろう。
「あいつを見てると、嫌な予感がする。胸でかいし、簡単に出来そうな分、あぶないんだよ。俺の中のオスの本能がそう言ってる」
そんなことをぶつぶつ言いながら、洋平はキズナを警戒するそぶりも見せていたが、私は洋平の意見を気に留めなかった。
私はキズナを抱きしめて眠るのが好きだった。キズナの呼吸を聞いていると、まどろみの中で身体の補修工事がはじまり、あいた穴が塞がるようで、どこか安心する。
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