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次に私は、洋平とするみたいに、キズナの唇に舌先を突っ込んだ。なまぬるく粘る彼女のそれを感じれば、私は満足を得ると思った。なのになぜだか、あせる気持ちだけが増えていく。
私はたどり着かなくてはならないのだ。閑古鳥が泣いている、彼女の村の、紫色の魔女の沼まで。
私は服の上から彼女の豊満な胸を撫で、左腕の傷を手のひらに掴んだ。キズナはひとつの身じろぎもせず、貫徹して抵抗をしない。キズナはされるがままなのだ。彼女の日々に降りそそぐすべてをそのままの形で受け入れるだけ。
私は彼女の魔女の呪いを解いてあげたい。そういう欲求が、私の身体の空いた穴から湧いてでてきて、壊れたように溢れて止まらなかった。
向井キズナは次第に、私が洋平と一緒にいるときでも遠慮をしなくなった。
授業では私の隣の席に座り、食堂ではお昼ご飯を一緒に食べる。トイレでも大学近くのコンビニでも、キズナは私を付き添わせた。そのことを、私は不愉快に思わなかった。洋平は少しずつ、以前のようにタクミくんとつるむようになっていき、私のそばを離れ始めた。
ある日、同じ授業の教室で、洋平は私の部屋の鍵を突き出してきた。
「なんで返すのよ」
「だってミズキ、もう俺のこと好きじゃないでしょ」
洋平はふて腐れた顔をしていた。私はその表情の中の、洋平が求める本質を理解できなくて、苛立つ。
「どうしてよ。私がいつ、あんたにそんなこと言ったの。彼氏なら、彼女に家に来るでしょ、普通」
「もういいよ、なんか俺、マジになるのも面倒くさいし。」
めんどうくさい。その一言に衝撃を受けた。洋平はその言葉で何かを片付けようとしているように思った。私の理解を超えたものを、一人で勝手に洋平は持っているということだ。私は、私のすべてを否定された気がして、言葉が出なかった。
私がよっぽどの表情をしていたせいか、洋平はこの場を去るのを躊躇うそぶりを見せた。そして、一度切り離した糸をもう一度ひろってつなぎ直すように、こう言った。
「ミズキって、束縛が強いくせに、愛情表現が足りないんだよ」
その糸は、ねばりがあって細かった。洋平は、黙って私が突き返した合い鍵を握ったまま、私の四つ後ろの席に座った。
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