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「それから、嘘は吐かない事」
「嘘?」
次に、指を立てながら言われた事に驚いて、俺は言葉尻を捉えて繰り返してしまった。あ、怒ったかな。途端に不安になる。だが、ミツキさんは、怒るどころか、しっかり頷くと、思わぬ事を口にした。
「僕は嘘吐きが一番嫌いだからね。これだけは守って」
意外だった。嘘は得意そうなのに。なんて、俺が失礼な事を考えているのがバレたのか、ミツキさんの目は、真剣になり、そのせいかきらきらと輝いて見えた。思わず見入ってしまう。俺のその態度をどう取ったのか、ミツキさんは、こてん、と首を傾げた。
「約束は、出来る?」
確かめるように問われて、は、とする。俺は、大慌てで大きく頷いた。
「も、勿論です!」
口でも返事をすると、じ、と俺の面白くも何とも無い顔を見ていたミツキさんは、また、ふんわり、と微笑った。途端に、胸が、きゅう、と痛む。本当に、ミツキさんは、可憐に可愛く微笑う人だ。それから、ミツキさんは、カウンターに向き直ると、お代わりした果実酒をグラスをくるくると回してから口に含んだ。
あれ、と思う。
「え、えっと、そ、それだけ、ですか?」
口からは、疑問がするっと飛び出していた。何事も何パターンも考えながら話し始める俺としては珍しい事だった。だって、余りにも、約束事が少ない気がしたからだ。ミツキさんみたいな人と付き合えるんだったら、百個約束事を取り付けられても、仕方が無いと思っていたのに。
「うん。何より大事な事だからね。きちんと守ってね」
俺を振り返って言うミツキさんは、言い終えてすっきりした顔をしていて。本当に、それ以上の事は無いようだった。
「……はい」
「良い子だね」
躊躇いがちに俺が頷くと、ぽんぽん、と頭を撫でるように叩かれる。俺は、本当に、びっくりしてしまった。それは、185㎝もある俺が、普段、誰にもされない事だったからでもあったし、それをしたのが、何よりもミツキさんだったからだった。そのせいでか、いや、そもそも、ミツキさんと付き合える事になった事実に戸惑ってか、その後の家に帰るまでの記憶は、正直、曖昧だった。
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