第一章 劇的な別れと思わぬ始まり

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 電話帳の中に、燦々と輝く『ミツキ』の文字に、俺はただただ呆然と見入っていた。夢じゃ無かった。都合の良い夢だと、本気でそう思っていたのに。 「嘘だろ?」  人生で滅多に無い水をぶっ掛けられる(正確にはアルコールだけど)、と言う惨事を体験したかと思ったら、何故かあのミツキさんと付き合える事になったのだ。もう、本当に何が何だか分からない。けど、これは現実らしい。ぎゅう、と右頬をつねってみる。痛い。でも、どうしても信じられなくて、右頬をつねったまま、今度は左頬もつねってみた。結果、俺の頬は、両方じんじんと痛む結果となった訳だ。 「嘘、みたいだ……」  声に出してみると益々混乱した。思考回路が混線している。俺の頭は完全な理系で、考え事をする時は表計算ソフトが立ち上がるように規則正しく回ると言うのに、いつもみたいに思考は回らなくて、俺は、頭を抱えて床に転がった。ああ、フローリングの床が冷たくて気持ち良い。俺は、モノトーンの部屋の中で、目をつぶった。  ミツキさんは、初めてあのバー、ユートピアで見掛けた時から、ずっと俺の理想の人だった。そう、三年前に、あのバーに初めて行った時に、一目で心を奪われた。だって、何もかもが、俺の理想の通りの人だったから。顔は言うまでも無い。身体付きや仕草、声、喋り方、全部だ。俺がなりたいと思っていた通りの人だった。  そう、俺は、本当は、あんな人に生まれたかった。こんな無駄に成長するのでは無く。  俺は、身長が185㎝ある。体重は68㎏だ。どちらか言うと細身に分類されるだろう。だが、筋肉は程々にある。部活のせいだった。身長を買われて、中学高校時代、バレー部に所属していた。運動が好きでも無かったのに。強引な先輩の誘いを、断り切れなかったのだ。中学一年生の時に170cmを超えた辺りから、俺は、自分の人生が自分の思う通りには行かない事をまざまざと思い知らされた。  こんな事を思うだけで、気持ち悪い、と言われそうだが、俺は、本当はお姫様になりたかったのだ。小さくて、可愛くて、素敵な、物語の主人公のお姫様に、俺は強い憧れを抱いていた。だけど、実際には、そう言う訳には行かなくて。縦にも横にもしっかりと成長した俺は、誰が見ても、ただの一般兵、良くてお姫様を守る騎士、の下で働く騎馬隊って所だ。お姫様には程遠い。
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