最終章 再び付き纏う祟り神

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 被害者の遠藤心愛のおどおどした表情を思い出す。弱者の怨念から生まれたこの祟り神は、孤高の強者のごとき柚月よりも、心愛のような弱者―集団から離れれば即座に死んでしまうような―にどうしても目線を向けてしまう。柚月は心愛の最期の憎しみのこもった表情を好んでいたようだが、祟り神が思い出す彼女の姿はいつも目線が泳いでいるような気弱な姿ばかりである。  事件はかなり大々的に報道された。柚月が進学校の優秀な生徒であること、実家が神職であることは人目を引いた。『狂気にまみれた秀才』などと、センセーショナルな記事にされ、新聞だけでなく雑誌やネットでも取り上げられた。  柚月の家族は槍玉にあげられ、神社を捨てて夜逃げした。あまりにも醜い誹謗中傷に苦しめられる家族の姿は、祟り神に親しい者に追いやられた疫病患者の姿を彷彿させた。風の噂では、両親は自殺、兄は遠い親戚の家に身を寄せ、苗字を変えてひっそりと生活しているらしい。『殺人神社』などの落書きがされた境内を祟り神は必死に掃除したが、荒廃を止めることはできなかった。とりあえず自分の本体たる置き石は定期的に磨き上げているが、境内の雑草はどうしようもない。ちまちま抜いてはいるが、人手が足りない。  柚月が今どうしているのかは、祟り神にはわからない。まだ刑務所の中なのか、既に刑期を終えたのか。少なくともこの神社には戻ってはいない。  祟り神は柚月のことは全く心配していない。あれだけの能力や胆力を備えているのだから、まあ何とかどこかで生きているだろうくらいにしか考えていない。あれだけ世間の注目を浴びた殺人者なのだから楽な人生は歩めないだろうが、それも自業自得である。  悪びれもせずに心愛を殺した理由を語る柚月の姿を思い出す。    もし、柚月の標的が心愛だと最初から知っていたら、病毒の呪詛を彼女に使っていただろうか。  祟り神は、心愛を守りたかったのだと思う。
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