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一体どうして、一人だけ先に帰ってきたのだろう。
気になってちらちらと視線を向けるが、淡々と確認作業に励むユーリスの横顔からは何も読み取れない。
さっき一瞬だけ感じた不安を心の底へと押し込めて、仕方なくリデルも手を動かした。
ユーリスが手伝ってくれたおかげで、あっと言う間に魔石の確認は終わった。
不良品はゼロで、今日のノルマはクリア。あとは魔石を籐籠に入れて、職人頭に渡せば終わりだ。
リデルがその最終作業をしている間に、ユーリスは工房を出てしまっていた。
普段のらりくらりとしているユーリスにしては、せっかちな行動だ。
手短に同僚たちに挨拶をして、外套を羽織って外に出ると、ユーリスは外壁にもたれて彼女を待っていた。
「ありがと、お兄ちゃん。助かったよ」
そう声をかけると、ユーリスは微笑んだ。
「いいんだ。……それより、ちょっと移動していいか?」
一応質問の形ではあったが、ユーリスは元よりそのつもりだったのだろう。リデルの腕を軽く引くと、彼女の小柄な体を腕の中に閉じ込めた。
「ちょ、お兄ちゃん……」
これをするユーリスの意図は分かる。転移魔法を使おうというのだ。子供の頃、まだうまく魔法を使えない時分には、こうして一緒に転移することも多かった。
けれど、リデルはもう二十二歳。まるで抱きしめられているような図は、兄妹とは言え大人のふたりがするには誤解を招く。
リデルがもう少し人気のない場所で……と口を開きかけたところで、ユーリスは魔法を発動させた。彼から大きな魔力の奔流を感じ、こうなってしまってはもうどうしようもない。リデルはそれに身をまかせるべく目を閉じた。
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