家族

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秋にしては底冷えのする朝 定刻通りに電車が滑り込む ホ-ム上には通勤客が列をなしている その時だった 一人の男がすっと前に出て ふわりと空へ飛んだ 平凡な朝の気配が食卓を包む 父はいつものように家族に笑顔を振りまき いつもと同じように家を出た 高校生だった私 昼休みに担任から呼び出され 父の事故を知らされた 紅葉が色づく季節だった 鉄道会社の人に頭を下げ 葬式で、参列者から向けられた意味ありげな態度 周囲からは憐みと好奇な目を寄せられ いい尽くせない悔しさに身を震わせた 母はただ狼狽え 姉はあの時から口をきかなくなり 弟は荒れてしまい 暗い影に覆われた家族は 音をたてて崩れてゆく あれから一年 家族の心はまだひび割れたままだけれど 少しずつわだかまりが溶けていた 大学を辞め、就職した姉は しっかり前を見て歩き始めている 荒れていた弟も、最近、調理師になりたいと言う 母だけが、時折押し寄せる喪失感に 打ちひしがれている時もあるけれど 私たちなりに支え合っている 私には父との楽しい思い出しかない 忙しいのに、時間を作って一緒に遊んでくれた 家族旅行でも、たくさんの写真を撮ってくれ いっぱいの思い出とともに残っている いつも笑顔で明るく陽気だった父 いつも優しかった父 いつも私を支えてくれた父 私が落ち込んでいた時 たとえどんなことがあっても 明日を信じていれば きっといいことがあると言った父 それなのに 父はなぜ私たちに何も告げずに あんな、辛い死に方をしなければならなかったのか 「なぜ」 「お父さんは明日を信じられなかったの?」 「信じたくとも信じられなかったの?」 「空を飛んだ時、何を思ったの?」 「私のことを思った?」 答えのない問いが 空に木霊する 底冷えのする朝 定刻通りに電車が滑り込む ホ-ム上には通勤客が列をなしている 私はいつものように列の後方に立つ 「私は、明日を信じるよ、お父さん」
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