あなたなんか。

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「百合。今日は俺も、本を買ってきたで。  お前が好きな、作家の本。」 翌日彼は、にこにこと笑いながら言った。 私はそんな彼を見て、またしてもげんなりしながら答えた。 「そう。…じゃあ、自分の家で、一人で読めばいいじゃない。  わざわざ私の部屋に来て、読まないでよ。」 すると彼はまた笑って、それから言った。 「ええやん、別に。  百合の邪魔は、せぇへんから。」 その言葉を聞き、私は溜息をひとつ吐き、再び活字だけの世界へと没頭していく。 彼もその隣に腰をおろし、真新しい小説を鞄から取り出した。 暫くすると彼は、そろそろ帰ると言って立ち上がった。 私は視線を上げる事無く、ただ頷いた。 それから彼はその本を、私の本棚へと収めた。 「…なんで、置いていく訳?」 私は、聞いた。 彼は、答える。 「だって、また明日も来るもん。  持って帰るの、面倒臭いやん?」 彼の方を見上げ、無言のまま睨みつけた。 すると佐藤さんは嬉しそうに笑い、言ったのだ。 「やっと俺の方、ちゃんと見てくれた!」 私はまた心底うんざりしながら、視線を小説へと戻そうとした。 彼は微笑んで、私の頭を撫で、それから帰って行った。 …心臓が、壊れるかと思った。 久しぶりにちゃんと見る、彼の優しくて穏やかな笑顔。 久しぶりに私に触れる、彼の暖かな掌の感触。 それだけの事で、まだ心臓がドキドキしている。 こんな感情、もう消してしまえたらいいのに。 …そうしたらきっと、もっと上手に彼に別れを告げる事が出来るのに。 明日も来てくれるんだ、だなんて、心の奥底で喜んでいる卑怯な自分なんか、大嫌い。 …優しい彼をこれ以上、同情や責任感だけで、束縛したくはないのに。
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