あなたなんか。

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「…ねぇ、佐藤さん。  もう明日から、来てくれなくていいから。」 数日後、私は彼に言った。 佐藤さんはクスクスと笑いながら、答えた。 「嫌や。来んなって言われても、来るから。」 私は溜息を吐き、それから告げた。 「本当にもう、心配しないで。  私はもう、大丈夫だから。  …今日ね、前働いてた会社の男の子に、告白されたの。」 彼は唖然とした表情で、小説から顔を上げた。 「その人ね、私の事、大好きなんだって。  それでね、私の事、支えたいって言ってくれてるの。  …だからね、佐藤さん。  もうホント、私の事は気にしないで。」 告白をされたというのは、本当。 だけど別に、その男性と本気で付き合おうと思った訳じゃない。 ただもう優しい佐藤さんの事を、義務感や同情だけで縛りつけたくなかった。 「…そっか、分かった。」 小説に栞しおりを挟むと、穏やかな笑みを浮かべ、彼は言った。 そんな彼の表情を見て、本当にやっと全て終わらせられるんだと思った。 「今まで本当に、ありがとう。  …それと、ごめんね?」 精一杯の笑顔を浮かべ、佐藤さんに言った。 彼は私に、愛するという気持ちを。 …遠い昔に無くしてしまった、人間らしい感情を、取り戻させてくれた。 本当に佐藤さんの事が、大好きだった。 …誇張などでは無く、彼は私の全てだった。 彼は無言のまま私を見詰め、それから抱き寄せた。 「…佐藤さんっ!?」 驚いて、思わず彼を見上げた。 佐藤さんは瞳を閉じたまま、静かな声で言った。 「ごめんな、百合。でもそんなん、嫌なんや。  好きやって言ってくれるヤツがええんやったら、俺がなんぼでも言うたるから。  …だからもう一回、俺を選んでくれへんか?」 訳が、分からなかった。 …彼はもう私の事など、愛してはいないのに。 今彼の中にあるのは、同情とか、義務感だけの筈なのに。 「なによ、それ?  …他の男のものになると思ったら、急に惜しくなったの?」 笑いながら、彼に聞いた。
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