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アスファルトに額を擦り付けていた北川は血の滲む傷を押さえることもせずに、アルファードから降車する一花の手を取った。
北川に導かれて建物に入る一花に夏目は車内から声を掛けた。
「楽しんできて下さいね。『犬と約束した8ヶ月』」
――イヤだよ、お父さん!僕は約束したんだっ、コロと約束したんだ!
――友紀、仕方のない事なんだ。どうしようもないんだよっ
――イヤだよ、コロ!コローッ!!
――クゥーン……
カメラが切なそうな目でこちらを見つめる犬から遠ざかり、ピアノの旋律が場内を満たす。
犬に向かって手を伸ばす少年を映し出すスクリーンを見つめていた一花の手は、小さな鞄からハンカチを取り出し、そっと自分の目……ではなく、通路側に座る人間に向かってそれを差し出した。
「チクショウっ!なんでだよっ!連れてってやれよぉっ!コロ、コロォォ……っ」
咽び泣きながら膝を叩いている様子の男の元へ、同じ通路側に座っていた者達が駆けつける。しばらくすると暗闇の中から無言で行われる容赦ない制裁の音と、くぐもった男の呻き声が聞こえてきた。
ハンカチを引っ込めた一花は完全に涙するタイミングを失った。
集中が切れてしまったのを悟られないように、そっと周りを見回す。
劇場のど真ん中、最高の位置に座る一花を守るように、左右の通路側の席を組の男達が占め、入り口付近にも男達が仁王立ちしている。
スクリーンを凝視する者、肩を震わせる者、しゃくり上げそうになるのを必死で堪え口に手を当てる者……
そんな男達の様子に一花は小さく首を捻った。
今回も失敗だっただろうか。
昨夜夏目が勧めた通り、高校生の恋愛映画にすれば良かっただろうか、と。
§
『皆さんと一緒に楽しく映画が観たいのですが、どんな作品を選べばいいのかいつも悩んでしまいます。廉司さんはどんな映画が好きですか?』
花柄の便箋から目を上げた廉司の独房の窓から、柔らかな月明かりが差し込んでいた。
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