第1章 突然の幕開け

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2 手負いの黒猫…1 「すみません、若。ここのコンビニでは取り扱ってないそうです」 「猫だ」 「は?」 「猫がいる」  運転席のドアを開けたまま弟分の夏目(なつめ)が辺りを見回した。その気配を感じながら男は窓枠に片肘をついてジッと駐車場の隅を見つめていた。  細い針のようだった雨が次第に大粒の水滴になってパラパラとフロントガラスを打ち始める。急いで車内に体を潜り込ませた夏目と入れ替わるように、後部座席のドアを開けて外へ出た。 「若、濡れます!」  慌てる夏目の声に耳も貸さず、男はまっすぐ目標に歩み寄っていく。仕立てたばかりのダンヒルの肩に雨が染みていく。それすらも気にならなかった。  今振り返ってみれば、この時すでに彼の気持ちは決まっていたのだろう。  目標から1メートル程手前で足を止め、黙ったまま観察した。  全身真っ黒で小柄だが、骨はしっかりしている。強くなってきた雨に動じる気配もない。  どこかで喧嘩でもしたのだろうか、右手に怪我をしている。 (近くで見るとずいぶん小せぇな)  そう思いながらもう一歩距離を詰めた次の瞬間、「猫」が俯いていた頭をゆっくり持ち上げた。
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