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64 始動…3
ベンツを繁華街の中心から少し離れた場所に停め、目的地まで歩いた。
太陽が出ているのに肩を竦めたくなるような冷たい風が、いかがわしい店々の間をすり抜けてくる。こんな昼時は客引きも酔っ払いもいない。建付けの悪い店裏の扉を開け閉めする音が時折聞こえるだけだ。
無言のまま夏目の前を歩いていた廉司が一件の雑居ビルの前で足を止めた。二人でビルの三階を見上げる。
窓に貼られた「辻興業」の文字。
中の様子は分からないが、蛍光灯の光は見える。人は居るらしい。
廉司が手首に巻いたロレックスの文字盤を睨んだ。
本当に今日行くのか。夏目は慌てた。
「大丈夫なんですか」
「なにが」
やっと返事が返ってきた。
「いや、何も若が出向く必要はないんじゃないかと」
「『所有者責任』ってやつだ。至らない子供のケツは親が拭く」
「それなら畠山に来させるべきでは?」
「アイツが敵陣で冷静に話が出来るかよ。ただでさえやられた側なんだぜ?」
「しかし、若にもしものことがあったら……」
「その為にお前が居るんだろ?それに」
パンパンとコートの上から自身の腰を叩いて見せる。夏目がぎょっとした。
「まさか、持って来てるんですかっ?」
「嘘だよ、バカ。ほら行くぞ」
夏目の尻を蹴り、コートを翻して雑居ビルの階段を上っていく。
その腰に何も携帯されていないことを確認して、夏目は安堵しながらも憂鬱さからは解放されなかった。
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