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68 とらが変なんだ。…1
一月も下旬に差し掛かった頃、一段と冷え込みが厳しくなっていた。
もともと寒さに弱く、加えて忙しい日が続いていた廉司は、今夜は街に出向くのを止めた。
夏目も役目の緊張感から少し解放されて、廉司に少しでも栄養のあるものを食べさせようと台所で鍋の用意をしていた。
「おい、夏目」
「はい?」
「とらのエサ、もうやっちまったのか?」
「は?」
振り返ると裸に黒いジャージを羽織っただけの廉司が、低い脚の生えた陶器の器を持って立っていた。
「風邪ひきますよ。もっと着てください」
「なあ、エサ」
「俺はやってません。若が自分でやるって言ったじゃないですか」
「食わねぇぞ」
「え?」
「とらが食べようとしねぇ」
出汁を取っていた鍋の火を止め、廉司と二人でキャットタワーを置いたリビングへ向かう。いつも決まった時間になると片足を上げながら廉司の後をついて回るとらの姿が見えない。
「とら」と呼び掛けると鳴き声が聞こえた。キャットタワーの中腹に設置されたドーム型のベッドから揺れる尻尾が出ていた。
「おい、とら。メシだぞ」
「?」
「いらねぇのか?」
「変ですね。いつもは寄越せってうるさいのに」
「……どっか悪いんじゃねぇだろうな」
「えっ!」
焦った夏目は、引っ掻かれるのを覚悟でとらをベッドから引っ張り出した。
無理矢理外へ出されたせいかボーっとしてはいるが、調子が悪いのかどうかは分からない。二人とも猫に関しては無知なのだ。
廉司に抱かせ、鼻先へエサを持っていってみたがそっぽを向く。やはりおかしい。
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