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72 一花を悩ませるもの…2
微かに濡れた襟足から覗く白い項に触れる。一花の体がグッと強張る。
その変化に気づかないフリをして細い首を撫でていると、ネックレスのチェーンが指に引っかかった。
気を良くした廉司の手が大胆になり、背後からパーカーの胸元へ侵入しようとした時、ようやく一花が小さな声を絞り出した。
「い、やです……」
「嫌?何が」
「何って……!」
戸惑う一花の肩を掴んで思い切り引き寄せる。
不意を突かれたのかバランスを崩した一花は、背後で胡坐をかいていた廉司の胸に倒れこんだ。
その弾みで一花の手から落ちたちゅーるの口を、とらは尚も必死で舐めている。
ジャージに腕を通しただけで前を留めていない廉司の胸に一花の頬が触れる。反射的に離れようともがく体を押さえ込む。一花の白い首が赤く染まる。
「教えてくれ。何が嫌なんだ」
俺の事か、とは聞けない。肯定されるのが怖かった。
離れるきっかけをこちらから与えたくない。自分は卑怯だ。
「こないだした事か?」
「!」
「どう嫌だった?怖かったのか?痛かったか。昔を思い出したか?」
「……ちが」
「違うのか。じゃあ何だ」
真一文字に結ばれた唇がぷるぷると震えている。
だが、それが恐怖からくる震えでないことは分かっていた。
何かに恐れて震える人間は、こんな風に頬を赤らめたりしない。
男の直感が「逃がすな」と囁いた。
「教えてくれ、一花」
形のいい耳に唇を寄せ、熱の籠った声を吹き込む。
「お前が好きなんだ」
二人の間にどんな壁が立ち塞がろうとも。この気持ちに嘘はつけない。
「ごめんなさい」
小さいが、確かに耳に届いたその言葉に廉司の腹が冷えていく。
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