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73 一花を悩ませるもの…3
鼻腔から脳に届いていた一花の髪の香りが遠くなる。ふと、枕元に忍ばせてある黒い金属の塊が頭を過ぎって、自分が何を考えているのか分からなくなる。
「わ、私は」
一花が全てを口にする前にいっそ。
そんな事までイメージを膨らませてしまった廉司に、一花は彼が予想したものとはニュアンスの異なる言葉を繋げた。
「私には、どうしたらいいのか分からなくて」
「?」
彼女の両肩を支えて体を離す。
急に目が合ったことに驚いたのか、一花は逃げるように視線を部屋の隅へ向けた。
なのに、口はパクパクと開いたり閉じたりしている。何かを言おうとしているのだ。
廉司は一花の大きな目にかかる前髪を指でそっと流しながら、その時を待った。
やがて決心したように一花がギュッと目を閉じた。
「怖くは、なかったです……すごく、恥ずかしかったけど」
「うん」
「……アイツにされた事とは、全然違って」
「そうか」
「でも」
廉司が綺麗に分けた前髪を彼女の手がグシャグシャに掻き乱す。せっかくの可愛い目元が隠れてしまう。
「私、すごく困って」
「困る?」
問いかけた廉司と目を合わせてしまった一花の顔から湯気が上がったように見えた。定まらない視点を廉司以外の何かに向けようと奮闘しながら、必死で言葉を紡ぐ。
「あ、頭から離れてくれなくて。……今まで通り普通に生活してても、急に思い出してしまって。仕事中も、休憩中も、気を抜いたら浮かんできて……考えないようにすればするほど……本当に困ってるんです」
そう訴えて熟したトマトのように真っ赤になった一花を押し倒してしまいたい衝動に、死に物狂いで抵抗する。
そんな廉司の血の滲むような努力を、
「それが、嫌じゃないから……困ってます」
一花はたった一言で灰にした。
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