第6章 RING

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99 一人、歩きながら…1  司郎が何か喚いていたが、勝手に電話が切れた。  よくよく見れば目の前に「1分10円」の文字。なるほど。時間切れというやつだ。  公衆電話というものを使ったことが無かったので、会話は中途半端になってしまったが仕方がない。伝えることは伝えた。受話器を戻し、ボックスから出る。  駅前を離れ、南の方から走ってきたタクシーをつかまえた。  運転手に行き先だけを伝え、無言で後部座席の窓を開けた。  肌を刺すような冷気が吹き込んでいるはずなのに何も感じない。  少しがっかりして窓を閉めた。運転手がほっとしたような声で「今夜も冷えますね」と言った。返事はしなかった。  目的地の近くでタクシーを降り、自分の足で歩いた。  外はすっかり暗くなって、立ち並ぶビルや店が看板に火を入れる。中にはチカチカと点滅して、やたら主張してくるものもあるのに、どの文字も廉司の頭には入ってこない。  擦りガラスを通してみる夢のようだ。 (夢、か)  廉司は薄く笑みを浮かべた。夢だったのだと言われれば納得できる。  あの温もりは、一花が恋しいあまりに見た都合のいい夢。幻。  その証拠に、目覚めればやはり一花は居なかった。  落胆することに慣れてしまった頭は、初めてかかってきた彼女からの電話にもどこか冷めていた。  「体の調子はどうですか」と聞かれても何も答えられなかった。どうせ夏目が吹き込んだのだろうと斜めに捉えていた。  何を聞かれても黙ったままの廉司に、一花は諦めたのか本題を切り出した。  しばらく会えないんです。  そう告げられて、廉司の中で何かが音もなくゆっくりと切れた。  二言三言、彼女に何か言った気がする。その度に一花が必死の声色で何かを訴え返してきたような気も。  それでも彼女の言葉は廉司に届かなかった。  これ以上傷つきたくない。  そんな防衛本能が、彼女を追い詰める言葉を口にさせる。  一花が言葉を詰まらせたのを肯定だと受け取った脳が通話を切り、スマホをガラス戸に叩きつけた。  それから今に至るまでの事はあまり覚えていない。
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