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第2章 立場
20 七代目の期待…1
某所、鏑木組本部。
戦後、地元の宮大工によって作られた雅な建物の離れにスーツ姿の男達が大勢集まっていた。向かい合って座るその中に廉司の姿もある。
毎月行われる月定例会は、それぞれが決められた金額を本部に納めると、あっという間に散会になった。
執行部の面々が次々と席を立つ中、廉司は本部長の清水に呼び止められた。部屋の入り口で廉司を待っている夏目にヒラヒラと手を振り、先に行けと合図した。
素直に頭を下げ、板張りの縁側から外へ出た夏目は、幾分ひんやりしてきた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。月末にもなればスーツだけで出歩くのは厳しいだろう。
大きな日本庭園の遥か向こうに、紅葉の美しい山が連なって見える。遠景から足元へ視線を戻した彼は、池の中で寒さなど微塵も感じさせずに悠々と泳ぐ錦鯉を目で追いながら煙草に火を点けた。
「夏目」
ふと、名を呼ばれて振り返る。
離れから玄関のある本館へ続く渡り廊下に、数人の男に囲まれた一人の男が立っている。仕立てのいいスーツを身につけた白髪混じりの男は、いつも周囲に屈強な男を従えているにも関わらず一番強そうに見えた。初めて会った時から変わらず。
「組長」
鏑木組七代目組長、鏑木司郎。廉司の実父である。
夏目は火を点けて間もない煙草を惜しげもなく白い玉砂利の上に落とし、膝に手をついて頭を下げた。
そんな彼の様子に、司郎は皺の目立ち始めた顔に悪ガキのような笑みを浮かべた。
「なんだ。『おじさん』って呼ばねぇのか。あの頃みたいに」
「いつの話ですか。俺がこんなガキの頃ですよ」
「懐かしいなぁって話だよ。なぁ。久しぶりじゃねぇか。元気か?」
「はい。おかげさまで」
親しげに話しかけられて、夏目の声も心なしか明るくなる。
「廉司は?」
「まだ中です。本部長から何かお話があるようで」
「はーん……また発破かけられてんな?」
「さぁ……」
「俺の前だからって遠慮はいらねぇぞ。本部長がアイツの尻を叩きたくなる気持ちもよく分かる。俺だって楽しみにしてるんだぜ?一日も早い八代目の旗揚げを」
視線を上げて司郎の言葉の真意を探る。だがそこには、裏表のない微笑があるだけだ。
司郎の手に促されるまま、夏目は折っていた上体を持ち上げた。
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