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第4章 繋がり
56 夜が明けて…1
「生理か?」
突然顔を覗き込まれて、我に返る。
自分に向けられて発せられた言葉の意味を理解するまで二秒かかった。
「なぁ」
「そういうの、やめてもらえませんか」
一花は冷静さを貼り付けた顔でそっぽを向いた。
しかし、何かと理由をつけては彼女に絡んでくる隣の男は気遣いというものを知らない。
「違うのかよ。じゃあ何」
「いい加減にしてください」
「でもお前、こないだから――」
「三浦、やめてやれ。渓が嫌がってるのが分からんのか?いくら同期でも、それはセクハラだ」
「まさか。こんなヤツ相手にそんな気起きませんよ。可愛くねぇし。俺は忠告してやってるんですよ、主任。コイツ、最近変だ」
「何が」
「隙があるんです」
イチらしくないですよ。
そう言って三浦は、一花とは反対側の車窓に目を向けた。
ふてくされたような彼を咎めた助手席の男――主任の藤田は大きなため息をついてから、くたびれたような横顔で前方に向き直った。
真っ黒なバンの中には同じ装備を身につけた人間が運転手も含めて八名乗り込んでいる。その誰もが口を閉ざしてしまい、スピーカーから発せられる無線だけが耳に届く。
スモーク処理を施された窓の外を眺める一花の頬を沈黙の棘が刺す。こんな居た堪れない気持ちになったのは初めてだ。気まずさを紛らわせようと身につけた防弾ベストのファスナーを上げ直す。不意に、指先に体温で温かくなったネックレスが触れた。反射的に体の奥が熱くなる。
集中しなくちゃ。そう分かっているのに一度火照った体はなかなか冷めない。
車が目的地に近づき、藤田がメンバーに声を掛けてようやく一花の頭が切り替わった。
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