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「昨日……まさか」
はっとつぶやいた真依に、
「うん、昨日僕もあの居酒屋にいてね、」
白木が言った。
「君たちの話を聞いちゃったんだ」
ごめんね、と全く悪いと思っていない笑顔で言う。
まさかあの場に同僚が居たとは……
確認不足を痛感して頭を抱えたくなりながらも、
これはあの、よくある展開に持ち込もうとしているのではと思い至った。
「黙っていてあげるから、とでも言うつもりですか?」
「まさか、そんなありきたりなことは言わないよ」
意外と毒舌なようだ。
「僕が言いふらしたところで信じてもらえるような内容でもないしね。」
その通りだった。
あの会話を聞かれていたのは予想外だったが、
それでも、あの程度の内容であれば、謙遜と思われやすいし、もし噂になっても冗談だと笑い飛ばすことが出来る。
実際、真依も白木が脅してくるつもりなら、勝手にすればとこの場を去るつもりだった。
「だから、これは提案。僕と付き合いませんか?」
白木はまるで新商品のプレゼンをするように続ける。
僕は君と付き合いたい。
君は恋愛事と関わりたくない。
僕と君が付き合っているらしいという噂が流れれば、
男性社員からのアプローチは少なくなるだろうし、
社内関係者で君に恋愛話を振る人もいなくなるはずだ。
「どうかな?」という言葉で締め括られた演説に、
確かに一理ある。
と真依は思ってしまった。
真依たちの会社は、社内恋愛を禁止してはいないが、良しとはされていない。
うっかり社内カップルに話をふって、上司の機嫌を損ねたい変わり者はいないはずだ。
できもしない恋愛話を求められる苦痛から解放されることは、魅力的ではあった。
それでもやっぱり、
誰かと付き合うということは、相手に時間を割くということだ。
世間一般のカップルであれば「好きだから」という理由によってこの問題は解消されるが、真依には当てはまらない。
真依にとって、白木と付き合うメリットはやはり少ない。
そもそも、
「付き合いたいって、なんで……」
こんな提案をしてくるくらいだから、白木にも何か事情があるのかと思い聞いてみたが
「君が好きだからだよ」
相変わらずの笑顔で言う白木に、
この先が思いやられた真依だった。
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