プロローグ

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「別れよう」  大学3年の8月、当時付き合っていた人に、そう別れ話を切り出されたのは、付き合って1年がたった頃だった。 「……そう」  振られたはずの私の口から出たのは、こんな素っ気ない言葉だった。呆気にとられた訳でも、動揺しすぎたからでもない。それ以外に、何も思わなかった。  『振られた彼女』が取るだろう行動は、いくつか頭をよぎった。しかし、どれも自分のと感情と一致しない気がした。むしろ、そこには特に感情はなく、私の中に浮かんでいたのは、強いて言うなら、「またか」という感想だった。  そんな私の様子に、彼が言った。出来れば言いたくなかった、とでも言いたげな表情だった。 「お前、俺のこと好きじゃなかっただろう」  そんなことを言われたら、 「……でも、私、最初にそう言ったじゃない」 こう言うしかないじゃないか。 『あなたのことは嫌いじゃないし、サークル仲間の中では好きなほうだけど、恋愛の好きとか、そういうの分からない。それでも良い?』  私のこの問いに対して、彼は 「それで良い」と答えた。 「ああ、言ったさ」  悔しそうな声だった。 「でも普通、照れ隠しだと思うだろ」  ( 照れ隠しなんかじゃないのに )  何も言わない私に、彼はどんどん言葉を重ねていく。 「付き合っているうちに、何か変わると思うじゃないか」  私もそう思った。思いたかった。変わる「かも」と。だから付き合うことを受け入れた。 ( ……でも、変わらなかった ) だって、 「だって、分からなかったのだもの」 (ーー恋とか、好きとか、愛しているとか )  そう続けようとして、やめた。どうせ理解なんてされないのだから。 「普通じゃないよ、お前」  そう呟いた彼は、 「いい人見つけろよ」 とって付けたようにそう言って去って行った。  ーーいい人、ね。  私は分からないと言っているのに。 結局彼は理解してはいなかったのだ。
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