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act.4 無遠慮なゴールデンレトリバー。
「――華さん。起きてます? 華さん、降りますよ……!」
隣に立っていた生田くんに声をかけられて、あたしは現実へと意識を引き戻した。あ、駅か。着いたのね。
「ごめん。起きてる起きてる。はい、行こっか。ちょっと考え事してた……」
人波が出口へと流れていく。その波に乗る生田くんの広い背中にひっついて、あたしも電車を降りる。
今日はグルメサイト『GOOTA』の取材だった。あたしが『下町食堂大食い連戦記』を連載している大手サイト。
最近はグルメニュースの取材もさせてもらえるようになってきた。あたしの名前だけで記事を開けてくれる読者もいるらしくて、「中条さんもいっぱしのグルメライターになったわね」なんて編集さんに声をかけて頂けて……嬉しいような、微妙な気持ちになっていたんだけど。
あたしみたいなフリーランスのグルメライターは、基本一人で取材に向かう。
撮るのは食べ物の写真だから、まあはっきり言って写真の技術も大して必要ない。納期までに言われた通りの記事を書いて、webを通じて納品すればOK。だからGOOTAとの連絡も、メールで十分に事足りる。
そんなフリーのライターの仕事に、なぜカメラマンが同行しているのかと言えば、それはズバリ『あたし』を撮ってもらうため。
あたしの記事に関しては、『中条華』の顔が映っていないといけないんだそうだ。中条華の……でかい口をさらにおっきく開けて、もりもりと皿の上の美味を喰らい尽くしていく画像がいるらしい。
「ホントは動画で撮りたいところなのよねー。下町食堂も動画でやってみる? 絶対受けると思うわー」
そんな事を言うのは編集の一色さん。あたしはその度勘弁して下さい、お断りをする。
だってそれじゃ扱いはすっかりフードファイターだ。そりゃあたしは確実に世間一般のアラサー女子の5倍は食べる。食べるけど、あたしが目指していたのは美容ライターであって、グルメライターはあくまでバイトだった訳だから、そういうイロモノ的な扱いはちょっと……。
「……なんか今日ぼーっとしてますね。どしたんすか? 今から寿司の食いホーダイに行くってのに、華さんらしくないな」
隣を歩く生田くんにそう言われて、あたしはまた自分が思考の森を散策していたのだと気づく。確かにこの2、3日、あたしはぼーっとして過ごしている。
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