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act.3 飲食店の店員に敬意を払える人間に悪い人はいない。
待ち合わせ場所は、恵比寿にあるとあるカフェを指定した。だってどこでもいいって、その人が言ったから。
グルメライターとしてのあたしを、知っているのだという。
という事は、『下町食堂大食い連戦記』も読んでいるのかも知れない。あたしがとあるグルメサイトで連載している、人気企画。
裏路地や学生街にある雰囲気のある食堂に突撃して、人気ナンバー3のメニューをひたすら食い尽くすという企画。もちろん食べるのはあたし。そして事前のアポ取りはしない。
こういう大衆食堂は経営者が高齢化している事もあって、あまりメディアに出たがらない。おじいさんおばあさんのふたりでお店に立っていたりするから、客が押し寄せても捌ききれない。
だから名店が隠れていたりする。そんなお店を読者から教えてもらって訪れて、定食3つを平らげる大食いを披露してから、にっこり笑ってお願いするのだ。
「とっっっっても美味しかったです。お店の雰囲気にも、おとーさんおかーさんの人柄にも感動しちゃいました。この感動、世の皆さんにもお伝えしたいんです。うちのサイトでご紹介させて頂く訳にはいかないでしょうか? 大丈夫、テレビほどの影響力はありません。もしうちのサイトからのお客さんでお店が回らなくなったら、皿洗いでもなんでも手伝わせてやって大丈夫です。あたし、そーゆーお客さんしか店には立ち入り禁止だって、しっかり記事に書きますから。だから、ダメですか? 必ずきちんとした人だけに届く記事を書きますから……」
ここまで言えば、大概の店主さんはOKを出してくれる。「仕方ないなあ」と苦笑をしながら言って下さる店主さんに、あたしはもう一度そのナンバー3の定食を作って下さいとお願いする。
「えっ」と店主さんは驚く。でも出来上がったその定食の写真を撮って……それから、それらをもう一度すべて平らげてからお礼を言うのだ。
「ありがとうございます。本当に美味しかったです。『待ち時間を楽しめない人間は立ち入り禁止』だって必ず書きますね。この素敵なお店に、ご迷惑をかけたくありませんから」
あたしは結局、この取材で6食の定食を食べる事になる。
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