act.3 飲食店の店員に敬意を払える人間に悪い人はいない。

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 さすがに定食6食は若干キツい。でもこの方法をとる事によって、あたしは読者にも食堂側にも着実にファンを増やしてきた。  最近では食堂を訪れただけで、「華ちゃんかい?」なんて店主さんに声をかけられたりする。サイトにはあたしの顔もしっかりと出ているからだ。  やっぱり信用を勝ち得るためには、顔を出さない訳にはいかない。だけどそこにいるのがばっちりメイクの美容ライターじゃ、逆効果。  だからあたしは作り込んだナチュラルメイクで挑むのだ。愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべた、昆虫系大食いファニーフェイスグルメライター。  それで人気を得たこの連載は、今現在のあたしの一番の収入源。企画の段階からあたしが立案して持ち込んだ。最初はあたし一人で取材に回っていたけれど、今はカメラマンが同行するまでになった、サイト内で三本の指に入る人気企画。   それをもしかしたらあの人も読んでいたのかも知れない。あの綺麗な顔をした経営コンサルタント、玉木涼(たまきりょう)さん。  ……いい女だと、思われたいんだもん。食堂で一度に定食を6食平らげる女ってイメージじゃ、恋は始まらないんだもん。  だからネットで見つけた恵比寿のオシャレなカフェを指定して。  30分も前から待ち構えていたあたしは、現れた素敵な長身のその人に……いきなり心のすべてを、持っていかれてしまう。   「……すみません。お待たせしてしまいました。出掛けに電話がかかってきて。お忙しいだろうに、申し訳ない」   ほんの少しだけ約束の時間を過ぎただけなのに、その人は恐縮したような表情で現れた。時間はお昼の2時過ぎ。恵比寿のカフェのテラス席。 「い、いえ! あたしも今さっき来たばかりですから! 全然お気遣いなく。……と言うか、先日は申し訳ありませんでした。お酒が過ぎて、すっかり前後不覚になってしまって。醜態をお目にかけちゃって、本当にお恥ずかしい限りで……」  華奢なアイアンの椅子から立ち上がって、あたしは玉木さんの倍ぐらい恐縮して頭を下げる。  南イタリア風のこの素敵なテラス席は、ハンパな時間にもかかわらず女性客で既にいっぱいになっている。10月の穏やかな午後の陽射しに、コバルトブルーのパラソルがやけに映える。  いかにも女性受けしそうなこの人気店。そのテラス席に、颯爽と現れる玉木さん。
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