act.3 飲食店の店員に敬意を払える人間に悪い人はいない。

4/6
前へ
/232ページ
次へ
 経営コンサルとしてはまだ3年の経験しかないって言ってた。でも東大で統計学の講師をしていたって。  理学部数学科で統計学を教える傍ら、飲食店の隆盛を学問的に研究していたって。今、和哉のお店の拡張について相談してるって。和也は電話で言ったわ。『根拠に基づいてのコンサルだから信用がおける。その玉木さんがそう言って下さってるんだから一回話聞いて来い』 『そもそもどういう天変地異の影響か、お前のファンだって言ってたんだ。だからいずれちゃんとした形で引き合わせてやろうと思ってたんだぞ。お前あの顔好みだろ。人間性だっていい人だから、うまくすればお前のティッシュ人生にも終止符が打てるんじゃねえかと思ってたのに』 『泥酔してみずからティッシュ女だって暴露しやがってこのクソバカが。とんでもないお坊ちゃんで東大卒だぞ。お前の人生にミラクルを起こすたった一度のチャンスは、昨夜ビールの泡とともに儚く消えちまったよ。でも、まだ試合は終わってない』 『お前をタダでコンサルしてくれるって言うんだ。おそらく、自分も未体験の分野のデータが欲しいってところだろう。そうは言ってもやっぱりお前に興味を持ってるって事だ。ひょっとすればひょっとする。だから話だけでも聞いて来い。出来るだけ良家の子女ぶって、香川のうどんの美味さについて熱弁を振るったりするんじゃねえぞ。俺と付き合ってたなんて口が裂けても漏らすんじゃない。定食はホントはカメラマンが食べるんですって言え。あとストローで飲むもんは絶対に注文すんなよ。でかい口はなるべく閉じてにこにこ笑え。復唱しろ。でかい口、なるべく閉じてにこにこ笑え!』   ……和哉め。昔っからだけど、あたしを一体何だと思ってるんだ。何かって言うと『復唱しろ』。まあその度に律儀に復唱するあたしもあたしなんだけど、今はそこを問題にしている場合ではない。  玉木さんは、あたしに飲食店の経営をやってみないかと勧めているのだ。  そりゃ仕事はフリーランス。食べ物に関する知識も多少はある。でも資金は心細いし調理の経験もないこのあたしが、本当に食べ物屋さんを開いてやっていけるだなんて……。
/232ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加