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「……不安そうだな。人間は新たな世界に踏み込む時には常に躊躇する。だが中条華、お前には持ち前の度胸と愛嬌がある。それから鋭敏な舌。それだけあれば合格点だ。俺を信じろ。お前を必ず人気店のオーナーにする。後悔は絶対にさせない」
目の前の玉木さんは真剣な表情になってそんな事を言う。ああ、かっこいい。ブレンドを持ってきた店員さんも、ちらちらと玉木さんの顔を横目で見ている。そうよね、思わず見ちゃうわよねこの綺麗な顔。
この話を受ければ、しばらくは玉木さんと一緒にいられるんだ。あたしのファンだというこの人。うまくすればそんな事にならないとも限らない。でも、でもあたしにお店を持つだなんて、そんな事が出来る訳が……。
「……やっぱり、あたしには開業なんて無理だと思います。実家がうどん屋なので知っています。飲食店って楽しいだけじゃない。特に東京で開くとなれば、家賃も高いし競争も激しい。たった300万の自己資金で、お店をやっていけるなんて、そんな訳が……」
「うん、いいな。商売勘もある。でも心配するな。300万あれば余裕だ。なぜならお前がこれから開くのは店舗を持たない飲食店。家賃はかからない」
「店舗を持たない? それで飲食店って言えるんですか? 家賃がかからないなんて、そんなバカな……」
「かからないんだよ中条華」
長い指がコーヒーカップにかかる。胸まで持って上げて口元に添えて。
「お前にはこれからキッチンカーを経営してもらう。別名『走る飲食店』だ。やり方は俺がすべて教える。あとはお前のセンスと努力だ。お前なら必ず、成功する」
――キッチンカー。
そうか、それなら確かに300万でも開業出来る。
ライターとしての将来はもう見えてしまっている。美容ライターとしての未来は、きっとあたしにはない。
これは、チャンス?
こんなあたしでも、キッチンカーなら一国一城の主になれるって事……?
「うわっ! ……あっつ! あつつ、ぎゃっ! うわっ、あああああっ!!」
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