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これから拓けるのかも知れない未知の世界への期待と恐れに、あたしが慄然として息を飲んでいたその目前で。
その知能派コンサルたる玉木さんは、コーヒーをこぼし、ぶちまけ、テーブルのオブジェを落とし、カップを割って狼狽していた。
あれ? さっきまでの自信満々な俺様キャラはどこいった? この人もしかして、かなり頑張ってキャラ作ってんじゃない?
だってふきん片手に慌てて現れた店員さんに、そりゃもう平身低頭に謝るんだもの。
「す、す、すみませんでした弁償します。いえお支払いさせて下さい僕が全部悪いんです。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ」
……本当にこの人に、全てお任せしてもいいものなんだろうか。
一瞬悩みはした。したけれど、あたしの心はその時決まった。
幼い頃から見てきた飲食の道。あたしを育ててくれた食べ物屋さんという職業。
和哉の言う通りだわ。あたしにはきっと美容の世界は向いてない。
飲食という場はきっと、あたしが一番あたしらしくいられる場所に違いないから……。
「これで拭いて下さい」と言って、返すつもりで持って来ていたブランド物のハンカチを渡して。
あたしは玉木さんに微笑みかける。きっと大丈夫。飲食店の店員に敬意を払える人間に、悪い人はいないってお母さんが言っていたもの。
だから、言うの。
「あたし、やります。キッチンカー、やります。やり方を教えて下さい。必ず成功して、玉木さんの素晴らしいテストケースになりますから。よろしくお願いします」
――さあ、始まる。
あたしと玉木さん。二人三脚の開店までの長い道のり。
走れ、キッチンカー。
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