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恵比寿のカフェで会った玉木さん。
次に会う約束は来週の水曜日。
それまでに「コンセプトを決めておくように」って言われた。あたしの中のキッチンカーのイメージを、確立しておくようにって。
「世界観を確立するんだ。キッチンカーの外観はどんなイメージなのか。提供するのは和食か洋食か中華か。喫茶なのかしっかり食事が摂れるのか。出来れば実際のキッチンカーを見て回れ。平日のオフィス街と休日のイベント会場、両方に足を運べ。お前の中の『キッチンカー像』を見つけるんだ」
コーヒーまみれのジャケットを拭きながら、慌てて『俺様』の仮面をつけ直してそう言った玉木さんに。
あたしは、恋をしてしまったんだろうか……。
「だーから華さんっ! 俺の話聞いてます!? むしろ生きてますか!? 寿司っすよ!? 普段の華さんならスキップして鼻歌を歌い出してもおかしくない食べ放題の寿司っすよ!? ちょっとこっち見て! 熱でもあるんじゃないですか……!」
突然生田くんがそんな事を言ったかと思うと、ひんやりした大きな手があたしの額に触れる。……もんだからあたしは飛び上がる。でかい背を折ってあたしの顔を覗き込む生田くんは、やけに心配そうな表情をしている。
「あっ、あ、うんっ。ご、ごめん、大丈夫。ちょっと仕事の事で。宿題が出てるもんだから、その事考えてて……」
はたと気づけばもうそこは往来だった。ああ、恵比寿だ。今日は恵比寿のお寿司屋さんの取材だった。
綺麗におしゃれした奥様や女の子達が、歩道の真ん中で立ち止まったあたし達を見ている。あたしはやっと我に返って、額に触れる生田くんの手を振り払う。
「ごめんなさい。こっちの仕事に集中するわ。そうそうお寿司。今日は朝から何も食べずに挑んでるから、ちょっと血糖値が下がっちゃったのかな。さあ、食べるぞー! 生田くん、能力の限りを尽くしてあたしを可愛く撮ってよね! 被写体のポテンシャルを越える写真を期待してるわ! さあ行こー!!」
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