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慌ててインターホンのカメラを覗きに走る。……と、そこに写っているのはばっちりスーツ姿に紙袋を手にした、鈴さん。
解錠ボタンを押して玄関扉を開けて待つ。エレベーターから降りてくる鈴さんは、にっこり笑って。
「はい、お待たせ。お腹空いたでしょ。食べずに待っとけなんて言ったくせに、遅くなってごめんね。あら、ちょっと細くなったんじゃない?」
「ええ、もうお腹と背中がくっつく瀬戸際でした。早速ビール開けましょ。今日もお疲れ様でした」
まるで嫁さんみたいね、なんて言いながら、鈴さんはスーツのジャケットを脱ぐ。それを受け取ってハンガーにかけてクローゼットにしまうあたしは、なるほど旦那様にかしづく奥さんのようだ。
鈴さんはシャツもスカートも脱ぐと、あたしが渡した部屋着に着替える。ジェラートピケのピンクのもこもこワンピース。
お客さん用の部屋着においてあるものだ。あたしはユニクロの部屋着を愛用しているから、まだ一度もこの可愛いもこもこには袖を通していない。
ドレッサー代わりにしている出窓に置いてあるシートを使って、鈴さんはメイクを落としていく。その間にあたしはテーブルのノートパソコンをたたみ、寄せてから冷蔵庫から取り出した缶ビールを並べる。
鈴さんが持ってきてくれた紙袋からは、食欲を刺激する香り。取皿も2枚並べて、さあ、何が出てくるのかな……!
「美味しそうでしょー。銀座のニューオープンのフレンチバルからテイクアウトしてきちゃった。もう華は行った? 結構騒がれてたから、もう食べたかなーと思いつつ」
にこにこしながらクッションに腰を下ろす鈴さん。あー、やっぱり鈴さんは優しい。あたしは紙袋から次々小さなパックを取り出して、テーブルに並べる。
「話だけは聞いてたんですけど、未経験です。フランスからシェフが来てやってるお店ですよね。そうそう、『ル・コルドン・ノワール』でしたっけ。きゃーっ、綺麗! テリーヌ? パテ? こっちはビーフシチュー! あーキッシュからチーズの香りっ。きのこのマリネも美味しそうっ! ……あー、でもこれ、ビールじゃないですね。ワインないなー。こないだひとりで1本空けちゃって」
「そんな事もあろうかと」
手を伸ばしてバレンシアガのトートを引っ張り寄せる鈴さん。そこから取り出すのは……なんと白ワイン。
「冷えてるわよ。さ、グラスグラス! 乾杯しましょ!」
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