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「あの後聞いたわ。全部ね、作り話。愛佳、編集長とは何にもないって。誘われてたのは本当よ。でもやってないって。あんたを見てられなかったって。あんたはいい子だから愛佳を恨んだりはしないだろうけど、一応言っとかなきゃと思って。愛佳も妙なとこ男気あるから、多分ネタばらししないしさ」
えええ……!
あたしはもう殆ど震撼に近い感情に打ち震える。……何だそれっ。
うまい事食いものにされてるあたしの頬をぶん殴るべく、作り上げたでっち上げだったって事? 愛佳ちゃんが泥を被って。4つも年上のあたしの為に。
あたしが愛佳ちゃんを恨んだり噂を流す可能性だってあるじゃない。なのに見てられないからって、あたしなんかの為に、あたしの目を覚ますために、そんなお芝居を打つなんて……。
「……ま、友情って事よ。あんまり感動し過ぎる必要もないけど。愛佳は恵まれ過ぎて育つうちにひねくれた女だから、私やあんたみたいな雑草と気が合うのね。周りは全部敵のライター業界で、私達みたいな関係って珍しいわ。せっかくだから、別れなさい。あの編集長は、絶対にあんたを幸せにはしないわ」
……ここにも、あたしの事を想ってくれている人がいる。その気持ちを、無駄にしたらもうあたしは女じゃない。ふたりの友達じゃない。
だから言うんだ。泣きそうになるけど、泣かない。
「そう、します。最近、好きになれそうな人を見つけたんです。イケメンの東大卒です。その人は経営コンサルタントで、あたしにキッチンカーの経営しないかって持ちかけられてて」
「……え。それ大丈夫なの? なんかマルチっぽく聞こえたんだけど。やっぱ空虚になった心に、妙な喪黒福造が滑り込んだんじゃ……」
「も、喪黒福造って! 違います! 白金の地主の息子です! 飲食店の店員に優しく出来る男に、悪人はいないんだから……!」
言っているうちになんだか可笑しくなってきて、あたしはぐふふと笑ってしまう。それを聞いて鈴さんも笑う。あたし達は笑って笑って、それから同時にビールをごくんと飲み込んで、それがおかしくてまた笑って。
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