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決して負け惜しみを言ったり未練を残したような態度はとらない。誇り高く、プライドを持って今週の水曜日に話をしよう。そう、あたしは決して搾取された訳ではないんだから……。
……そんな事を思いながらつける家計簿。美人百華に出なくなったあたしを『美容ライター』と認識する人はいなくなる。美容系の仕事は、途絶えると言っていいだろう。もう状況は待ったなしだ。
「……来月から本気のグルメライターに転身だわ。高校生のお年玉のがよっぽど稼いでるわよ……」
ああ、編集長、使い倒したティッシュ女に手切れ金くれたりしないかしら。
家計簿に記されたリアルな数字に、ばりばりばり、と頭をかきむしってボールペンを放り出す。そろそろ出かけなくちゃな、と時計を見る為にスマホを手にしたあたしは、突如鳴り始めるそれに表示されている名前にもう一度頭をかきむしる。
『生田健一』
勘弁してくれ、と思いつつ、彼はグルメライター中条華にとっては相棒である訳で。
無視する訳にもいかない。努めて明るい声で電話に出たあたしに、電話の向こうの生田くんは、とてつもなく不機嫌そうな声で突っかかってくる。
『――何してるんっすか』
「あ? あ、生田くん? こんにちはー。何って、家だよ? そろそろ出かけなきゃいけないんだけど」
だからあんたと話しているヒマはないんですよ、と暗に含んだつもりなんだけど、このでかい犬に言外の意を汲むような知性はない。拗ねたような声で続ける。
『どこ行くんすか。仕事っすか。取材なら俺も行きます。華さん見張っとくのも俺の仕事なんで』
「い、いやあ……プライベートな用事だよ。今日は日曜だし。生田くんも休みでしょ? 休みの日まで仕事の事考えなくてもいいじゃない。ぱーっと遊んでおいでよ」
『……ぱーっと……ねえ』
犬が黙る。話は終わったのか? じゃあまたね、と電話を切ろうとするあたしに、ちょっと待って下さい、と食らいついてくる犬。
『どこに行くんすか? それだけ教えて下さい。誰と? どこに?』
なんであんたにそんな事教えにゃならんのだ、と言う訳にもいかなくて、あたしは明るい声で手短に会話を終わらせる。
「キッチンカー見に行くの。友達と。もう出なきゃ。じゃ、またね」
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