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また満面の笑みを浮かべて和哉はそんな事を言う。あたしはもう反論の余地もなくなってしまって、ぐうう、と唸ると手にしたハイボールを飲み干す。
――その時だった。
背後の鈴のついたドアがちりん、と音を立てて開く。思わず振り返ったあたしの目に入ってきたのは、長身のスーツを着た男。
「あ、玉木さんお待ちしてました。どーぞどーぞ、いらっしゃいませ」
マスターの顔に戻る和哉。おしぼりを受け取りながらあたしのひとつ隣の席に腰を下ろすその男が。
あたしの運命を変える、マジシャンになろうとは。
その時のあたしには、まだ微塵も想像する事が、出来なかった。
あたしの名前は中条華という。香川県出身の29歳。
身長がそこそこでかくて172cmある。おそらく細身。体重を言うと、世間一般のちっちゃめ女子が植え付けた『48kgの魔法』からはぶっ飛んで重いために大概引かれる。だから言わない。
実家は高松市内のセルフのうどん屋。ネットで探せば一番最初に名前が出るような有名店。
まあこの辺りがあたしのざっくりとした自己紹介なんだけど、分からないのはこのあたしのあだ名が、長年『蝶々』で定まっている事なのだ。大学で東京に出て来て、入学式の日にあたしのあだ名は『蝶々』に決定した。
それからもう11年が経つ訳だけど、あたしは今だに『蝶々』と呼ばれている。大学時代の友人はもちろんの事、卒業して入った食品メーカー時代の友達も、ここ最近出来たライター関係の子達まで。
さすがに仕事関連の人はそんな事は言わない。でも友達になると必ず言われるんだ。
「なんか華ちゃんって誰かに似てんだよねー。誰だっけ。個性的でファニーフェイスで。うーん、ここまで出てるんだけど……」
そう言いながら指差す場所がこめかみだったヤツもいたっけな。それ喉元しっかり過ぎてるよ、とツッコミながら、あたしはその悩める人に答えを与えてあげるのだ。
「よく言われるのは……蝶? 虫の蝶? なんでか分かんないけど昔からあだ名が『蝶々』なんだ。イマイチ意味不明なんだけど」
「ああー!!」
あたしが出した答えに、相手は必ず膝を打つ。そしてあたしを『蝶々』と呼ぶ人間はまた一人増える事になる。
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