act.0 新たなあだ名はティッシュ。

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 コンプレックスなんだけど。でかい目に鷲っぽい鼻。口角が異様に上がった分厚い唇。  ハーフに間違えられる事もよくある。けどそれはいわゆる綺麗なハーフに与えられる称賛ではなく、『この顔と身長で、純日本人って事はさすがにないよね』という消去法から導き出された推論でしかない。だからあたしはそう言われる度に答えるのだ。 「香川のうどん屋の娘なんですよー。うどんばっか食べて育ったのに、いよーに成長しちゃいました。蝶々がうどんから栄養摂れる筈ないんですけどね。今からでも身長伸ばしたかったら、うどん、オススメですよ」  もう昆虫顔だと言われたくなかったから、メイクを研究した。大きな目はバランスをとるためにカラコンで黒目がちにする。  鼻は高いからいじらない。鼻筋が鷲っぽいのはメイクじゃ直らない。だから、あたしはひたすらに口元の気配を薄くする事に注力する。  多分あたしが『蝶々』と呼ばれるのはでかい目と特徴的な唇のせいだ。この変わった形の口元から、あの長ーいまきまきのストローが出てくる事を人は想像するんだろう。だってストローで飲み物を飲んでると、必ず言われるんだから。 「あ、蜜? 今日は何の蜜? コーヒーかあ、外に紫陽花咲いてるよ? コーヒーよりは大分あっちの方がうまいんじゃない?」    紫陽花なんてあれはほとんどガクなんだ。蜜なんてありゃしないんだ。世の中の人は何も分かっちゃいない。あたしはとにかくメイクの研究をした。そして、これで生きていく決心をしたのは、今から3年前。  書いていたブログがバズった。美容系のブログランキングで1位に輝いた。なんとブログは本になった。サイン会までやった。だからこのまま美容ライター、引いては美容研究家として生きていけるんじゃないだろうか。  そんな夢を見たって誰が責められるだろうか。当時のあたしは26歳。  食品メーカーのマーケティング部で働いていた。上場企業だから安定を求めればそのまんまでいれば良かった。でも、変わりたかったんだ。  『蝶々』ってあだ名を自ら自虐的に広めてしまう、コンプレックスの塊みたいな自分。  昆虫みたいなこの顔を『美人』に変えてしまうメイクの力を味方につけて、新たな自分になって輝きたかったから……!
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