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「ええっと、どこに置いたかな……」
永瀬は本があちこちに山積みになっている研究室の中を、昂平の本を探して歩き回っている。
昂平は、出されたコーヒーを啜りながら、そんな彼の姿をぼんやり眺めていた。
身長や体格が本当に兄によく似ているから。
ボサボサで無造作に束ねられた髪や、ヨレヨレの上着に、イマドキこんな眼鏡どこで買うんだというぐらいの黒ブチ眼鏡。
雰囲気は、全然兄とは違うのに。
「あったあった!」
子どものように嬉しそうな笑顔になって、そいつは彼のほうを振り返った。
「これだよね、ハイ」
数冊の本を手渡され、昂平はそれを確認する。
間違いない。
コーヒーはもう飲み終わったし、本も見つかった。
寮に帰ってレポートを書かないと。
そう、思ったのに。
自分でも、思いがけない行動に、彼は出ていた。
その、距離感がやたら近いぽややん男を、引き寄せて抱きしめていたのだ。
「え?え?……君?どうしたの?」
さすがに相手も驚いたらしく、ビックリした声を出している。
「頼むから、少しだけ……少しだけ、こうして黙ってて?」
その、抱きしめる感触を、ほんの少しの間でいいから。
思っていたよりも、自分は。
兄を奪われた喪失感にまいっていたらしい。
現実には、1度も兄に対してこういう行動に出たことはない。
彼にとって兄は、壊してはいけない聖域で、絶対に喪いたくないものだったから。
そのヒトは、昂平の不可解な行動を、黙って許してくれた。
されるがまま、抱きしめられていてくれる。
どのくらい、そうしていたか。
背中をそっと撫でられて、昂平は我に返った。
「あっ、スミマセン!俺……っ」
慌てて身体を離し、謝ろうとしたが。
へらっと笑うそのヒトは、全然気にしていない様子で。
「いいよー全然。若い男前に抱きしめられて、ちょっと役得だったし」
そして、昂平の頭をそっと撫でてくれた。
「何か悲しいことがあったんだね……僕で役に立てたかな?」
初めて会ったときからずっと同じ調子の、柔らかい声だった。
昂平は何故か急に泣きたくなって、慌てて堪える。
それが、永瀬雪晴と堀越昂平の出逢いだった。
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