5.厄介事は背負えない人のところにはやってこない

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その日の、塾のバイトの帰り道だった。 昂平はいつものように自転車で信号待ちをしていた。 その信号が青になったので、道路を渡ろうと漕ぎ出したそのとき。 急ブレーキの音がして、昂平の身体スレスレに車が止まった。 ぶつかりはしなかったのだが、反動で自転車が吹っ飛び、跨がっていた昂平も当然一緒に倒れ込むことになる。 「イテテ……」 「だっ大丈夫ですかぁ?!」 車の運転席から飛び出してきたのは、まさかの、今一番関わりたくない相手だった。 「転んだだけで、どこも当たってない」 短く言って、とにかく関わらないように、と倒れた自転車を起こす。 「あの、でも、何かあったらいけないので、病院に…」 「大丈夫だから!アンタ、准教授なんだから人身事故なんか公になったらヤバイだろ、早く行けよ」 少し苛々しながらそう言ったら、そこで初めて永瀬は、相手が昂平だと気づいたようだった。 「え…昂平君?」 そう言いながら、顔を近づけてくる。 車の点灯したままのヘッドライトに照らされて、永瀬の顔にいつもの黒ブチ眼鏡がかかっていないことに、昂平は気づいた。 「アンタ、眼鏡どうしたんだよ?運転すんのに眼鏡しなきゃマズいんじゃねぇの?」 ただでさえ、眼鏡かけてたって度が合ってないって言ってただろ? 「実は今日、図書館で柱にぶつかって…」 とうとう壊れちゃったんだよねぇ。 へらっと永瀬は笑う。 「あー、もう」 その情景は目の前で見たように再現できそうだった。 どうせまた山積みの本を抱えて、目の前が見えなかったのだろう。 昂平は、自分の自転車の向きを変えた。 幸い、バイト先の塾は目の前だ。 「ちょっと待ってろ、自転車置いてくるから」
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