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堀越昂平は、このところ、とても不機嫌だった。
「おい、誰か昂平に話しかけろよ」
稽古の終わった道場で、周りが遠巻きに自分を見ていることなんて、彼は意にも介さない。
稽古中は、余計なことを何も考えなくて済むのに。
今、彼の頭の中を占めているのは、1つ年上の年子の兄のことだ。
たぶん、自分は、この世に生まれ落ちた瞬間から、その兄のことが大好きだった。
1つしか違わない年のため、両親も年の離れた姉も、何をするときも二人をセットで扱ってきた。
1つしか違わないとはいえ、幼少期は、その1歳の違いが大きな差を生むものだけれども。
とにかく、何でも兄と一緒にやりたかった昂平は、兄ちゃんが1人で着替えられるようになれば自分も、兄ちゃんが1人で靴を履けるようになれば自分も、トイレに行けるようになれば、お風呂に入れるようになれば、自転車に乗れるようになれば、と何でも彼を追いかけて、その年の差を乗り越えてきた。
小さな頃、兄は小柄でおとなしかったので、彼を守るのは自分だと使命感に燃えていたし、実際、大柄で乱暴な子たちに絡まれたときは、身体をはって守ったことも何度もあった。
中学に上がると、兄はそれなりに声も低くなり、身体つきもなんとなく大人に近い雰囲気になったけれども、まだ背は低く小柄で華奢なほうだった。
昂平のほうが背も高く、兄を守るために何か役に立つかもしれない、と入った剣道部で鍛えられたため、兄よりは自分のほうが男としては優位で、兄は自分の庇護下にいればいいのだ、と傲慢なことを考えていたりもしたぐらいだ。
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