6.体温と記憶

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で、結局。 何故か、昂平は、永瀬と一緒に彼のベッドの中にいた。 永瀬はタクシーで帰るよう言ってくれたのだが、もうここまできたらとことん付き合う、と昂平からこの家に泊まる提案をしたのだ。 明日は土曜で授業がなかったので、眼鏡がないと何もできないこの准教授を眼鏡屋さんに連れていき、眼鏡ができたところでそのまま家まで送って貰えばいいか、と思ったのである。 見てのとおり、お客さん用の布団はないからベッドを使って、と言われたものの。 ソファも何もない部屋だ。 床はフローリングで、絨毯どころかラグも敷いていない。 じゃあ永瀬はどこで寝るのか…という話で。 幸い、ベッドはセミダブルで、シングルに大の男二人という最悪の事態にはならなかったものの。 それとそう大差ない窮屈さである。 これはもう早く寝たもん勝ちだな、と昂平は永瀬に背を向けて縮こまりながら目を閉じた。 「なんか、子どもの頃みたい」 ふふふ、と笑いながら、背中合わせの体温が呟く。 「僕、姉が1人いて、小さい頃は一緒に寝てたから」 その、永瀬の言葉が、昂平の記憶をも揺さぶった。 兄と一緒に寝ていたのは、いつまでだっただろうか。 普通の兄弟よりは、たぶんその期間は長かったと思う。 何をするにもセットだった昂平と兄は、兄が小学校に上がる年に、二人の部屋にダブルベッドが導入され、ずっと一緒に寝ていた。 2段ベッドにしなかったのは、二人の寝相が悪くて、上の段になったほうが危険と判断されたかららしい。 更に、シングル2つよりも、ダブルにまとめて寝かせるほうが、落ちる確率が幾分下がるのではないか、というわけである。 昂平は、ベッドに入ってから眠りに落ちるまでの間、兄と他愛のない会話をするのがとても楽しかったし嬉しかった。 時にはじゃれあい、時には喧嘩もし、ある程度大きくなってからは親に言えないことを相談したりもして。 冬はお互いの体温で暖め合い、夏は一塊で汗だくになり。 その状況に先に耐えられなくなったのは、兄である桔平ではなく、弟の自分だった。
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