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兄の身長が急にするすると伸びて昂平を越したのは、高校に入ってからだった。
昂平が兄を追いかけて同じ高校に入ったその年、まるで蛹から蝶に羽化するように、毎日一緒に過ごしているのにわかるぐらい急激に、彼はあっという間に180センチを超える長身になった。
それまで、背も低く華奢でおとなしい兄は、大勢に埋没して目立たない存在だったのに、背が普通の人よりも高くなった途端、急に周りから注目され、兄の周りに寄ってくる人が増え。
背が低いときには鼻も引っ掻けなかった女子たちが、急に気色悪い媚びた声を出しながら、彼の大事な大好きな兄にすり寄ってくるのは、本当に我慢がならなかった。
あんな、見た目の変化だけで急に手のひらを返すような女たちは、絶対に彼の兄を傷つけるに決まっている。
自分が憎まれ役になってでも、兄をそんな奴等の毒牙から守らないと。
昂平は、兄の桔平に近づく女たちを、片っ端から誘惑し、兄から引き離すことに成功したのだ。
誘惑がきかない相手には、少し汚い手段も使った。
兄はさすがにその時は、今までの人生で1度も見せたことのない、とても悲しい瞳で昂平を見たけれど。
それでも、それで兄が守られるなら、どんな汚れ役でも引き受けようと思ったのだが。
兄が東京の大学に進学することが決まり、家を出て行ったとき、昂平は自分の身体の片側を全部もぎ取られたような、そんな喪失感に絶望したものだ。
とにかく1年後には兄のいる東京に行かなければ、ただそれだけを心の拠り所にして、その喪失感をなんとか乗り切った。
その頃にはもう、一生兄を守っていくためには、安定した収入のきちんとした職業につくことが最低限必要だということはわかっていたから、大学はあえて兄と同じところにはせず、もっとランクが上の国立大学を選んで受験した。
昂平の、人生を左右する重大な選択は、全て兄が基準だった。
兄の側にいるために、兄を守っていくために。
それなのに。
その兄が、まさか、自分以外の人と生きていくことを選ぶなんて。
それも、昂平も認めざるを得ない、彼の代わりにちゃんと兄を守り、大切に慈しんでくれる相手だったから、もうどうしようもない。
それでも。
頭では、もう自分がどうこうできるはずもないことはわかっているのに、感情はそんなに簡単に納得できるわけもなく。
昂平は、とにかく不機嫌なのだ。
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