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昂平のバイトは、塾講師である。
他のバイトに比べ、格段に時給がいいのが魅力だ。
中学生相手に、英語と国語、社会を教えている。
数学や理科も教えようと思えばいけるが、あまり教科を広げるとそれなりに準備時間も取られるので、とにかく時間のない彼は効率的に稼ぐことを目指している。
今日もそれなりに授業をこなし、寮に帰ってレポートを書くか、と愛用の自転車に跨がる。
そこで、ハタと気がついた。
「レポートのために借りた本…!」
夕方、図書館で、あの変なほわわんとした男にぶつかったときに、そいつの持っていた本と一緒にばらまいてしまったのか。
うっかりそのままにしてきてしまったらしい。
昂平は腕時計を見る。
22時。
図書館はまだ開いている時間だ。
あの男がまだいるかどうかはわからないけれども、とりあえず、行くだけ行ってみるか…と自転車を走らせる。
大学の図書館は、先程と違ってだいぶ人影もまばらにはなっていたけれども、それなりにまだ利用している人がいた。
広い館内を、さっきのボサボサ頭を探してウロウロと当てもなく歩き回る。
あれから4時間以上経過している。
さすがにもういるわけないか…と諦めかけて、身を翻して出口に向かおうとしたその時。
振り返った先に、またも出現した本の山とぶつかった。
「うわわっ」
叫び声までデジャヴである。
はたして、崩れた本の中に尻餅をついているのは、探していたボサボサ頭だった。
「アンタ、ちょっとは学習したら?」
手を差し伸べながら、昂平はやや呆れた声を出す。
「また前が見えないほど本持ってんじゃん」
その手を、またぎゅっと握られる。
綺麗な手に似合わない、強い力。
「あれ…?君……」
グッと顔が近寄ってきた。
「さっきの!」
黒ブチ眼鏡の位置を直しながら、彼はへらっと笑った。
「よかった、さっき君の持ってた本も、僕が持っていっちゃったみたいだったから、君、困ってるんじゃないかと思って」
いや、それはわかるけれども。
「だから、距離感!」
昂平は、その男の肩を掴んで自分から引き離す。
男はビックリしたようにきょとんとして、それから、またニコニコ笑った。
「あーごめんごめん、君のパーソナルスペースにまた侵入しちゃった」
とりあえず、この本片付けるから待っててね。
どうにも調子の狂う男だな、と昂平は、なりゆきで本を片付けるのを手伝いながら、そう思った。
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