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「こ……いう……こと、は、やめて……ください」
無様なほど声が震えている。でも、負けてはいけない。負けるわけにはいかない。
「迷惑……です……!」
怖い。東城はこんな冷たい目をする男だったか。
「東城さんも、――奥様を、大事になさってください」
東城に対して初めて「奥様」という言葉を使った。夏輝にとっては切り札であり、できれば使いたくなかった言葉。
あなたとは、縁がなかった。ただそれだけのこと。寂しくないと言ったら嘘になる。でも私はもう、あなたとは関わりたくありません。お天道様の下を、堂々と歩きたいから。浅田さん、私、今度こそ――
「何言ってんの? 坂井さん」
このときの東城の目を見て、夏輝は思った。
この人には、話が通じないと。
東城の手がこちらへ向かってきた。話が通じず、腕力でも恐らく敵わない。逃げなければ。でも、足が動かない――
ピリリリリッと、けたたましい音が鳴って、東城の手が止まった。夏輝のケータイだ。
何でもいい、この場の空気を変えられるなら。慌てて震える手をバッグに突っ込み、ケータイをつかむ。電話をかけてきた相手は――玲子と一緒にいるはずの浅田だった。
「も……もしもし……っ」
『――夏輝か』
「は、はい……」
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