第四章 近づく〈塔〉

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 玲子は夏輝の頭をやさしくなでて、もう大丈夫よ、と囁いた。 「……お前が、東城か」  怒りに満ちた浅田の声が、地をはうように押し寄せた。 「何だ、本当に彼氏いたんだ」  東城は急に夏輝に興味を失ったようだった。何か怒鳴ろうとして息を吸い込んだ浅田を、 「待って」  玲子の声が止めた。泣きつく夏輝をそっと離し、突き飛ばすように、でも労わるように、両肩を押す。 ――このときの玲子の表情を、夏輝は言い表すことができなかった。いつもの微笑みを作ろうとしているが、そこにあるのは……悲しみなのだろうか? まるでこれが永遠の別れになるのではと思うような、そういう哀愁を纏っていた。  両肩をやさしく突き飛ばされて後ずさった夏輝を受け止めたのは、浅田だった。両肩に今度は、揺るぎない大きな手を感じる。 「浅田、夏輝ちゃんのことお願いね。……私は、この人に話があるから」 「え……、玲子さん?」  状況が飲み込めない夏輝と違って、浅田は玲子の言わんとすることを察しているらしい。一度だけうなずくと、夏輝の手を引いて足早にその場から離れた。  残された玲子は、東城と向き合った。 .
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