第四章 近づく〈塔〉

12/61
前へ
/156ページ
次へ
 ほっとけるか、と言われたことは、ひとまずわきへ置く。……多分、言葉の勢いで言っただけだろうから。 「行ったけど中には入ってねえよ! 外から見てただけだ! 早合点すんな!」 「はあっ!? 何それ!」  やっぱり行ったんじゃないかと、一瞬で頭が沸騰する。 「男女二人がホテルの中のぞいといて、何もしないで出てきたっていうんですか? そんなわけないでしょう!? そんな場所に女の人といたら……っ」  かつて恋人だった、玲子さんといたら―― 「男が何もしないわけないじゃないですか!」 「――おい」  夏輝の下あごが浅田の右手にがっちりつかまれ、むりやり目を合わせられる。 「お前こそ、さっきまで『そんな場所』にいたんだよな? 東城と」  ごくり、と夏輝ののどが鳴った。浅田の目に、いつもとまったく違う怖さがあった。東城はキレると氷点下の目をしていたが、浅田は逆に、発火点に達するようだ。 「いたけど、でも……っ」 「何もしないわけないんだよな? 男は」 「私は何もされてないし! されるつもりもなかったわよ!」 「どうだかな。つい最近まで親密な関係だったんだろ? 男前の東城と!」 「それはこっちの……っ」  こっちのセリフよバカ! ――と言い返してやりたかったのに、不覚にも急に目頭が熱くなって、涙が込み上げた。     
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加