第四章 近づく〈塔〉

13/61
前へ
/156ページ
次へ
 そこじゃない、ということはすぐにわかった。許せないと思ったところは、そこじゃない。浅田が玲子とホテルに行ったことなんかじゃない。自分でも、今気がついた。 「今まで、私が……どれだけ……っ」  のどが詰まって、声が出ない。――今までどれだけ、浅田の言葉に励まされてきたか。どれだけ、自分を奮い立たせて頑張ってこられたか。資料室で何度誘惑されようが、夜を誘われようが、全部振り切ってきた。さっきだってむりやりホテルに連れ込まれそうだったけど、ちゃんと断った。気持ちを伝えた。  それなのに、浅田は疑っているのか。〈太陽〉の正位置でいようとする姿を、今までずっと見ていてくれたのだと、思っていたのに。 「ひどい……」  今までかろうじて虚勢を張っていた分まで、もろく崩れ落ちた気がした。歯を食いしばっていても、涙が後から後から込み上げる。 「ひど……い……っ」  浅田に東城とのことを疑われるということが、こんなにも、悔しかったなんて――  下あごをつかんでいた浅田の右手はいつのまにか力がゆるんでいたが、今度は嗚咽がひどくて、のどが苦しい。 「……ずるいぞ。お前だって、俺のことずっと疑ってたじゃないか」  声に怒気はまじっていなかった。発火点に達していた浅田の目が、今どうなっているかはわからない。ダラダラと流れ続ける涙のせいで、夏輝の視界は歪んでいたから。 「……悪かった」     
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加