第四章 近づく〈塔〉

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「心配して、不安になって、東城に腹が立って、どうにもできなかった自分にも腹が立って、……で、さっき夏輝に八つ当たりしちまったんだよ」  押し付けられる力が弱くなった。ごめん、という音がかすかに頭骨に響く。鼻の痛みも少し、弱まった。 「上手く伝わってないかもしれないけど……」  浅田が言いたいことは、十分伝わっていた。――冷静になってみれば、浅田と玲子のことだって、あんな短時間で何かしようなんて無理な話だと理解できる。でも時間があったらどうなっていたのだろう、などと思ってしまう部分もある。  鼻がまだ痛くて、涙を浮かべて黙っていたら、 「まいったな。もう許してくれよ……」  浅田が脱力して覆いかぶさってきた。覆いかぶさって、今度はやんわりと、体を抱きすくめてきた。  この人の、これ、この状況、無意識にやってるのかな……。先日の星を見たときのこともある。その場の勢いで引き寄せておいて、我に返った途端に突き放すことは重々考えられた。……まぎわらしい人。さっきとは別の悔しさに襲われる。玲子にも、こういうことをするのだろうか。  夏輝が黙って鼻をすすっていると、浅田が覆いかぶさったまま、あきらめたように息を吐いた。 「どうしたらお前は、俺の言うことを信じてくれんのかな……」  独り言のようだった。 「……だったら」  夏輝はその言葉を逃さなかった。     
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